竹野海岸の地質と地形 7000万年以上の長い時間をかけて自然が作り上げてきた
300万年前の日本列島と山陰海岸

およそ300万年前日本列島のあちこちで火山活動がおこりました。
このときの噴火によって地表に流れた溶岩が固まって出来たのが、宇日流紋岩です。
流紋岩の溶岩はねばっこいため、どくとくの流れるような模様を見ることが出来ます。
猫崎半島ではおよそ2000万年前の火山の噴火や流れてきた土砂が横に重なった地層と
およそ300万年前の縦方向に割れ目のある流紋岩を同時に観察することが出来ます。
猫崎の先端では岩が冷えるときにできた縦方向の割れ目、六角形の柱が突き出たような柱状節理を見ることが出来ます。

柱状節理

柱状節理

2000万年前と300万年前の地層

2000万年前と300万年前の地層

字日流紋岩

宇日流紋岩

山陰海岸に残された数々の地形

竹野海岸の複雑な地形はどのように造られたのでしょうか。
山陰海岸の島や半島の先端部分は固い火山岩でできており、入江や平坦な部分は柔らかい砂岩や泥岩できています。
およそ7万年前地球で何度目かの氷河期がはじまり、およそ2万年前には今より100m以上海面が下がりました。
その結果柔らかい場所は削られ、谷になりました。
氷河期が終わると海面が徐々に上がっていき、それまでの谷だったところは沈み、現在の入り組んだ海岸線のもとができました。

山陰海岸ジオパーク竹野エリアの風景

そして季節風や日本海の波が運んだ竹野海岸の砂浜、
荒々しい波が削った淀の洞門など独特で美しい風景が残されました。
はさかり岩は波の力で削られて今のような形になりました。
この名前は但馬地方ではさまるを意味する方言のはさかるから名付けられています。
この奇妙なかたちがどのようにできたのかはいろいろな説がありますが、
波に削られてできた岩の洞門がさらに削られて穴が広がり、
ついには天井部分の岩が落ちて途中で止まったとも言われています。